個人的な解釈ですが、フィルムには優れた部分がいくつもあります。フィルムからデジタルに移行された方のなかには「フィルムもデジタルも一緒、不便なだけ」と仰る声も聞かれますが、その逆を歩んだ私の印象として、趣味にするならフィルム、と言えるだけの良さがあります。
発色の良さ
フィルムの魅力でも書きましたが、やはり発色の良さが一番の要素です。
デジタルで「クロス現像フィルタ」をかけると、フィルムっぽくはなりますが、多くの色が死んでしまうのを目撃します。その種の意図的な改変は一部の撮って出し原理主義者たちによって焚書される忌むべき対象ですから、個人的に楽しんだら誰にも見せずに外付けHDDにでも永遠に葬り去るしかありません。
ネガフィルムには独特のノスタルジックな色合いがありますが、フィルムの種類によってそれは大きく異なります。FujifilmのFujicolor 100は淡くて素直な色合いを再現しますが、私が好んで使うKodak Ekter 100はポジフィルムのような、クロス現像のような強烈で制御困難な発色をみせますが、ネガフィルムらしい素直さも併せ持っています。タングステンフィルムという室内撮影に使うフィルムで野外を撮影すると、青みがかった不思議な色合いになります。
フィルムの種類
このようにフィルムカメラというのは、レンズ+フィルムによって写真品質が決まると言えます。本体の性能というのは堅牢性とフォーカスのしやすさ、巻き上げのスムーズさ程度しか関係しません。すなわち、フィルムを変えて撮る、という面白さがあります。デジタルカメラで同じようにセンサーだけ差し替えることはできません。
フィルムには大きく分けて
- モノクロフィルム
- カラーネガフィルム
- リバーサルフィルム
の3種類があります。
モノクロフィルムは光の強さしか記録できないネガフィルムで、撮り方が特殊です。撮り手主体とも言える作品造りに向いています。
カラーネガはおなじみのネガフィルムです。あまり耳慣れないのはリバーサルフィルムでしょうか。これはポジフィルムとも言い、現像すると色が反転したネガ画像ではなく、ポジ画像が得られます。ネガに比べてとんでもなく鮮やかな写真を撮ることができますが、撮影は非常に難しいです。
ラティテュードの広さ
その被写体に対する適正露出の許容度として「ラティテュード」という言葉が使われます。
ネガフィルムはこのラティテュードが広く、ちょっと露出を間違えたくらいではなんともありません。デジカメやリバーサルフィルムでは±1/3段くらいのミスしか赦されないのに対して余りある寛容さです。
このいい加減さが面白くて、広いから、という意識があるためやがて露出計を使わなくなり、体感で露出を決めるようになりますが、ときどき失敗します。この失敗して明るく飛んだ写真や黒く潰れた写真が妙に心惹かれることがあります。フィルムですからこうして失敗した写真を捨てることはなく、「失敗写真」という新しいカテゴリに魅力的な写真がたくさん蓄積されていくのです。そこには一枚も無駄はありません。
柔らかな輪郭
ヨハネス・フェルメールの「天文学者」という絵をご存じでしょうか?
ソフトフォーカスがかかったような柔らかな輪郭はカメラオブスクラで模写されたものだと思われましたが、フェルメールのアトリエの規模からそれが否定されました。このような柔らかな輪郭は、デジタルでは再現が難しいもののひとつです。画像処理でガウスぼかしを0.5pxかけても、ビネットを上げても、眠い画像になるだけで、柔らかな輪郭は再現できません。
フェルメールの輪郭はフィルム写真のソフトな輪郭にも似て、観る者を安堵させるあたたかさを感じさせます。
※2017年3月追記
Lightwaveの開発者、ティム・ジェニソンのドキュメンタリー映画「フェルメールの謎」において、ある光学機器を使って描かれたことがほぼ証明されました(ネタバレになるので光学機器について詳細は伏せます)。少なくとも、フェルメールの光学機器は画家を写真機械の一部にするものです。
保存性の高さ
フィルムの保存性は非常に高く、適切に保存すれば50年くらいは持ちます。高温多湿の酷い環境で放置され、雨風直射日光に晒され多くの人に踏みつけられ、地面の上で朽ちるはずだった48年前のフィルムをスキャンしたところ、当時の驚くべき光景が再現されました。
デジタルの保存性が悪いとはいいませんが、経験上デジタルデータはかなりの高確率で多くが失われます。個人的に所有しているデジタルデータで10年以上前のものは個人のストレージ内にほとんどありません。重要なデータはCD-RとDVD-Rに焼きましたが、総て劣化破損しており、読み込みエラーとなっています。もしデジタルデータを長期保存したければ、ネット上の写真共有サイトかクラウドストレージにアップロードすべきです。アカウントを忘れないように気をつけてください。
※フィルムをスキャンしたら、フィルム自体は通気性がよく涼しい環境で保存するようにしてください。
変わらないこと
デジタルカメラの世界はまだまだ日進月歩で、現在のフラグシップ機が10年後も名機として使い続けられる保証はどこにもありません。怖ろしい話ですが、スマートフォンにちっこいセンサー+レンズを2個ずつつけただけで、フルサイズ機を超える描写力を獲得するのでは、という噂もあります。スマホがコンデジを駆逐する勢いの今、単なる噂と一笑することはできませんね。かつてはデジタルカメラがそうやって「フィルムを超えられるはずがない」と笑われていました。
フィルムカメラは今後何年経っても進化することも、退化することもありません。いまのままです。入手が難しくなるフィルムがいくつかあるかもしれませんが、フィルムがの価値が完全に失われてしまうことはないと思います。フィルムが完全に失われるときは、デジタルがフィルムを完全にエミュレートできたときです。ですが、高精細化し続けるデジタルにとってそれはローファイにデグレードすること、意図的にデジタル基準で汚い写真を作り出すことに他ならず、方向性として相容れません。
単純にかっこいい
巨大なデジタルカメラを首に提げて観光地で撮影をしているとき、実にばかばかしく感じてしまうことがあります。
デジタルカメラは毎年新機種が発売されますから、新しいカメラを買ったらぶら下げてあちこち撮り歩き、見せびらかしたくもなりますが、2年で片落ちです。型落ちのセルシオとか見るに堪えないですよね、あれと同じです。
フィルムカメラは新機種もありますが、ほとんどの人が中古カメラ、50年くらい前のカメラを現役で使うことになります。それはアンティークを首から提げているような感覚ですから、決して古くなることはありません。最初から古いのです。
フィルムを指先で巻き上げるあの作法はデジタルにはない感覚で、エンフィールド銃を構える英国陸軍兵の気分に浸れます。